「飽きてきた」=「恋が終わった」と考えるのは間違いである。それを乗り越えて二人で同じ方向を向くことによって、二人の関係はリフレッシュされ、また深まっていくのだ。いちばんまずいのは「恋愛なんてこんなもんだ」と思ってしまうことである。こんなふうな割り切りをしていては、何度恋愛してもそこから先に行けなくなってしまう。恋愛に割り切りは必要だが、「この人しかいない」と思った相手には、死んでも離さないというくらいの執着心を持つことも、ほんとうの恋愛を知っていくうえで必要なのだ。

マンネリを感じたら…

マンネリを感じるようになったら、ニ人で共通の趣味づくりや新しい人とをはじめてみるのもよい。ささいなクセが気になりだすと、相手のことがいやになるのは人は打算的な恋愛を解消するとき、「生理的」を別れの理由にしやすいからだ。先日、若い知人が頭をかかえてやってきた。それまでつきあってきた恋人に、いきなり三下り半を突きつけられたというのだ。本人は三下り半を言われるほどの思い当たるフシがないので、理由を尋ねたら、彼の食乏ゆすりと煙草がもう我慢ならないというのだ。彼にしてみれば、いままで何年間もそうしてきたし、なにをいまさらと思ったものの、「これからは改める」と譲歩しようとした。それでも彼女のほうは、「もう遅い」ととりあわないそうである。

女性が男性に求めるもの

モーバッサンの『女の一生』ではないが、女性が男性と別れるときに「あなたのそういうところが生理的に嫌なの」と、男性のちょっとしたクセを理由にすることがある。指を鳴らす、下くちびるを突き出す、ため息をつく、髪をかき上げるなどなど、ちょっとしたクセならどんな男性にもいくつかはかならずある。二、三回も会えば、彼女の前で何度もそのクセを行なっているに違いない。女性も、ほんとうはそれを知っていてつきあっているのだ。それまで許せたものが、許せなくなったというのは口実である。ほかに男ができたというはっきりしたものは論外として、たとえ女性が自分では気がついていないものだとしてもほんとうの理由とどうしたら、二人の危機を乗り越えられるかはべつにある。女性が男性に求めていたものが、特定のものにすぎなかったのだ。
たとえば、お金に強くひかれていたとか、男性のセックスに強い関心があっただけというものであろう。本来、相手の特定のことに興味を持つのは、恋愛のほんの入り口でのことである。その特定のことを通してお互い好きになったが、相手の愛と呼べるまでには至らなかったなら、別れるのも不思議なことではない。